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忘れる

 投稿者:robita  投稿日:2015年12月 7日(月)20時20分29秒
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  バイクに乗らなくなってから随分経つ。BMWを手放したのは惜しかった・・
と、時折思い出すが、ここ2年位はスクータすら乗らない。というかSUZUKI
の100なんだけど車名すら、ぱっと思い出せない。後輪はボウズだし、
タイアは新品を確保してるのだが、スクータの常でエキパイを外さなけれ
ならないのが面倒なので放置。フロントのディスクブレーキもレバー
感触がグニャグニャになってきていて、これはOHを要するだろう。

 まぁ全てが億劫なのだけど、その億劫さを乗り越えるきっかけが
バイクだったしたのかもしれない。バイクが億劫になったら停滞は
続くばかりだ。

 大体、何であんなにバイク好きだったかが思い出せなくなりつつある。
最新のを町中で見かけても、オールドタイマーを見かけても、あまり
なにも感じなくなってきてる。

 自分に何も無かったのでバイクに執着することで空っぽ感から
逃避してただけかもしれない。

 家庭も持たず、金も無く、友人とも殆ど連絡を取らない。
かといって虚しいわけではない。仕事がある。しかしそれも危うい
もので、長くやってることを考える実にさえない。
 こないだ「雪隠大工」という言葉を見つける。
雪隠(便所)くらいしか作れない腕の無い大工という意味だが
現代ならばトイレ一式作れれば、これは設備、電機、内装、
かなりの経験と知識が必要で大したものだが、大昔は小屋組位で
芸を見せる腕無しという感じでダメ職人ということなのだろう。

 ワシの腕は果たして雪隠大工ですらあろうか?危うい。
それなのに、仕事だけが生きてる意味になりつつある。
おかしなことだ。
つくづく、現場で自分の腕のダメさを思い知らされる昨今だが、
それに体力の低下が拍車をかける。介護から開放され睡眠も十分に
とれるようになったのに、7年の間にそこらじゅうにガタがきてる。
年齢もある。30代、40代の7年の加齢と過酷な生活と、50代のそれの
違いを知る。‥もうオシマイじゃん。

 心細いけど・・生きてる。
 
 
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